「ん、これで全部だ」
「ありがとなカシム、助かった」
ドサリと中身の詰まった大きな袋を下ろし、カシムは肩を回した。積み上げられた小麦粉と砂糖の袋をぽすぽすと叩いてから、アリババはカシムを従業員用の奥まった部屋へと誘う。簡素な机とソファー、棚が置かれた室内はカシムにとっては既に見慣れたものである。
「や、本当にナイスタイミングだったぜカシム」
「客を使うなよ客を」
機嫌よく笑いながらお茶を出すと、呆れたようにカシムに小突かれた。……業者に不足気味だった品物を頼んだまでは良かったのだ。しかし店先に積まれた袋を纏めて持ち上げようとしたアリババがバランスを崩し、重い袋の塊に埋もれて動けなくなるという事件が起きてしまった。うんうん唸って何とか動こうとしていたアリババの元に神の助けとばかりにカシムが訪れた。何やってんだお前と冷めた目で見つつもちゃんと助け起こしてくれたカシムにコトの経緯を話せば、流れるように全ての袋を運んでくれたのだった。曰わく、また動けなくなられるのも面倒だという理由らしい。もうあんな無様なことにはならねぇよ、いいやお前なら有り得ると軽口を叩き合いながら店の中へと二人並んで入り…そして冒頭へと戻る。
「客である前にお前は俺の友だちだろ」
お茶菓子にとキッチンから抹茶のシフォンケーキを持って来たアリババはカシムにそれを差し出しながら悪戯っぽく笑う。そんなアリババの額にカシムは容赦のないデコピンをお見舞いした。痛ぇ!と叫ぶ相手にうるせぇと返してケーキにかぶりつく。ああ何年経っても恥ずかしいヤツだなこいつは馬鹿だな本当。カシムは口の中に広がる甘味を噛み潰すように咀嚼する。知らず苦い表情をしていると、そんなマズそうな顔で食べるなよと怒られた。
「カシムって抹茶嫌いだったか?」
「抹茶っていうかお前が嫌い」
最後の一口を飲み込み、カシムが視線をやればショックを受けたように瞳を潤ませる幼なじみの姿。冗談真に受けてんなよと鼻で笑えば、途端に機嫌を浮上させる。単純で素直で何て何て…、
「言っとくけど俺はお前が好きだからな!」
なあカシム。
なあカシム。
そんな風に無邪気に好意を露わにして。
キシリ、と軋む扉はまだ開かない。
開ける訳にはいかない。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
ごちそーさん。カシャンと音を立てた皿を一瞥してからカシムは腰を上げた。残念そうにそっか、またなと告げるアリババに軽く手を振って答える。
(またな、か)
店の外に出て空を見上げると憎らしいほどの青さが広がっていた。
「……またな、アリババ」
小さな店。彼が居る店。
微笑みながら迎え入れてくれる店。
マリアムに何か買って帰るかとカシムはゆるりと息を吐いた。
カシムはやはりどうしても、昔から変わらない友だちのことが大切だった。